海(うみ)nanimositeinai’s blog

                             父は私を「素直な子」と言う呪縛で、ひとに歯向かわない女性に育てました。私は猿夫と結婚して「あぁ この人と結婚して良かった♪」と思った事は 且て今まで一度たりともありません。現在は精神疾患を持つアラフォーの長女と 出戻り息子との三人暮らしです。夫の名言【何もしていない】

2019-01-01から1年間の記事一覧

平等

時の流れは 万物・万人 平等に訪れます舅・姑に寿命が訪れたのと同様に私の父にも病魔は忍び寄っていました認知症でした 三人姉妹の中で 私が一番住まいが近かったので当然 私が先頭に立って 介護に励みました今から思うと 頑張り過ぎていたんだ と思います…

立派なお葬式だったね

新聞で読んだのか ラジオで聴いたのかはっきりは覚えていません長年 寄り添い 生きて来た老夫婦において夫に先立たれた妻は その後 元気に長生きする場合は多いけれど 妻に先立たれた夫は 三年以内に死亡する確率は高いらしいです舅・姑の場合も そうでした…

パソコンと言う名の文化

別居後の私の方の生活は平穏に過ぎていましたが猿夫の方は・・姑が亡くなった後、しばらくして今度は 猿夫の勤めていた会社が倒産しました 私達が結婚した頃は 従業員は12~14人いた筈ですそれが 一人減り、二人減り し最後には猿夫一人になったのは、まだ私…

実行できなかった幸運

離婚調停は不調に終わりましたが別居は、形態としては 実質的な離婚です私は 今度は5年後に また調停を申し立てるつもりでいましたそんな別居を始めてから まもなく です 村の姑が急死した、と言う知らせを受けましたお風呂の湯船に沈んでいた、 との事脳血…

叶わない夢

♡子供三人と私とで 四人暮らしをする♡叶わなかった夢物語でしたボス猿は想像以上に凶暴でした「お父さんが怒って何をするか分からないからワタシは此処(猿夫の許)に残る」 と長女は決断し長男も その決断に従いましたただ 高校に進学した次男が さっさと友…

代弁

「 自分が大事に育てた娘を 山から出て来た猿に盗られる、 そんな感じがする」これは四十数年前に父が言っていた言葉です (ストーリーの❝猿夫❞はこの父の言葉に由来しています) 「将来、海ちゃんが苦労するのは目に見えている」 これは四十数年前に上の姉…

待って下さい

「お母さん、どんなに旦那さんが憎くても中学校を卒業するまで 離婚は待ってあげて下さい」父母を対象とした教育関係者の講演の中で聴いた言葉でした当時は まだ次男が中学生でした 思春期の子供に どう向き合うか、の議題の中での言葉です私の計画では まだ…

マイホーム

不思議なものですこと育児に関しては自分の母親を反面教師にして三人の子供達に対峙する時は 気長~に待てたのですが買い物は また別口になるのでしょう 私は 早や三軒目の物件を見て 話しを決めました最近になって 私はせっかちかも知れないと気づいていま…

百歳未満のすずめ

私の場合は「決断」と言うよりも「あきらめ」「迷い」と言うよりも「あらがい」と表現した方が合っていると思います。 物心つく頃から、もう その価値観の元で、その生き方のレールの上に置かれていました。「お姉ちゃん二人は あんなにしっかりしているのに…

婚姻後 初のプレゼント♡

結婚二十周年の日でした猿夫は私にプレゼントをくれました (写真はもちろん22年前の当時の物ではありません 先日 私の誕生日ケーキに長女が買って来てくれた物です 量・質ともに同じくらいのホールケーキでした) えッ? 20年間の食事の世話や、洗濯や、掃…

余計な一言

猿夫は1000万円通帳を私に見せた事で取り敢えずは離婚から回避できた、と思ったのでしょう少しずつ、これまでの猿夫の姑の様な 意地クソ悪い要求について アンケートを取る事が出来ました私:「なぜ今まで、あんなに口うるさく文句を言ったの?」猿夫:「叩…

1000万円通帳

猿夫とは仮面夫婦のまま・・私のパート先は2~3ヶ所変わったものの相変わらず 私は貯金に努め(今度は私名義です)how-to離婚本を勉強し出したのは 婚姻20年近くの頃でした当時、私は通帳・実印・年金手帳・生命保険証書等重要書類を 全部 バッグに入れ込み…

平身低頭

ただ《男である》その事実だけで、 自分は君主 と信じて疑わなかった猿夫対して共同体と言う形で家庭を築きたかった私 価値観の擦り合わせは もっと新婚当初から冷静に行うべきでした子供達に 本当に申し訳なかった、と思っていますその3万円学習があってか…

3万円学習

その日は来るべくして やって来ましたパートを始めて数年経った頃です毎年、盆正月には 猿夫の郷に2~3日帰省するのですが その際には 高級目の食材を買い、私が料理人となって向こうの舅・姑にも 御馳走を振る舞いますその年は勇気を出して私は行かない、と…

重箱の隅

猿夫は私の母に似ていました 人の欠点を見つけるのが上手です悪い箇所を指摘して、手直しすると良くなる そんな考えだったのでしょう 毎日ではありませんが、猿夫の不満は時々私に向けられました「皆の家は子供が多くても もっと綺麗にしている疲れて帰って…

体力

たかがパート されどパート今まで狭い家庭内で閉じこもっていた育児時期と違い一旦 外に出ると 世間の事が見えて来ます世の中には 自分の趣味を楽しむ主婦や 夜、お酒を飲みに外出する主婦もいる事を知りびっくりしました私は スポーツクラブに入り交流も広…

相対的貧困

次男が小学校に上がり、少し時間的余裕が出来ると私は パートを始めました朝9時~夕方5時まで今考えると・・次男は2時頃 学校から帰って来ます 間もなく 小3長男が帰り、小6長女もそのうち 帰りますが三人の子供だけで、夕方まで家の中で留守番です奇跡だっ…

喧嘩する勇気

私の短所は「内気」でも「消極的」でもなく『ノー』を言えない臆病さだと思います今でもそうですが私は『ノー』が言えません 相手の主張に応じられない時 即座に、且つ 順序立てて反論する能力に欠けています喧嘩をするには それなりの実力・エネルギーが要…

揃わない足並み

「勉強しなさい」これほど嫌な言葉はありません親にされてイヤだった事は心して 子供達には連鎖させない様、 私は気を付けました 今から思うと ただ怠慢だっただけかも分かりません私は子供達に、勉強も強いず、習い事も勧めず塾にも行かせませんでした自分…

「親は子供に片想い」

何故 あんな心境になるのか今でも分かりません「早く 蚊取り線香 点けなさい」「早く お皿 片付けなさい」「早く 制服 着替えなさい」 「早く 雨戸 閉めなさい」「早く お風呂に入りなさい」母は一挙手一投足、 先手 先手を打って叱責して来ましたピッタリ今…

反省

今更ですが折角 五体満足な三人の子供に恵まれたのになぜ もっと子育てを楽しまなかったのか悔やみますテレビも買うべきでした便利な子守り道具になる様な物があれば もっと積極的に利用すべきだった と思います四角四面に 教本通りに 頑張らず家事も、猿夫…

長所が致命傷

私の小学校時代では毎年 担任教師が各生徒の実態を掴むため 受け持ちクラスが決まって間もない頃に「家庭調査票」を配布&回収していました 住所・氏名・生年月日・家族構成、諸々・・・父が記入していましたが項目の中に「本人の長所・短所」を記入する欄が…

【何もしていない】

猿夫が 私に言った言葉ですまだ次男に母乳を飲ませていた頃でした長女は幼稚園、長男は三歳児ですそれは別に怒っている時でもなく 何気なく、 むしろ 羨望さえ含んでいる雰囲気がありました「お前は家で気楽だな。お前は家で何もしていない」そう言われれば…

反面教師

猿夫の 驚くほどの手前勝手はさておいて・・私は 過去の自分の成育歴を鑑みて三人の育児に関して 以下の事項に留意しました ・「人生=苦行」と思わせる様な育て方はしない事(親の価値観は そのまま子供に擦り込まれてしまいます私の母はいつも辛そうな顔を…

「親は無くとも子は育つ」

猿夫の言葉です次男が生まれて 三歳の誕生日を迎えるまで・・幼い兄弟を育てる際に 気を付けなければならない点は まず、上の子の方を優先させる事です下に赤ちゃんが生まれた場合親が、赤ちゃんばかりに手を取られると上の子は嫉妬して、赤ちゃんを可愛がら…

一姫二太郎

普段 よく風邪を引く私でしたがまだ 若い体力が残っていたのでしょう三番目の次男が生まれたのは死産してから 約一年後のことでした 長女:五歳、長男:三歳 でした私は人より遅れて、乳飲み子抱いて幼稚園の説明を個別に受けて長女を入園させたのを覚えてい…

理想の妻像

三人目を死産した後 私の体調は優れませんでした長女が四歳、長男が二歳の頃です腰が痛くて、 特に起床時 臀部から太腿の側面にかけてしびれる様な痛みが走り動き出すまで なかなかの時間が掛かったので前夜の内に あくる朝の食事を見繕っておいて猿夫には …

子供の為の兄弟作り

私は 子供は嫌いですですが、当時の教本には一人っ子のデメリットが強調されていました・我が儘な人間に育つ・社会性に欠ける大人になる(嘘です。私は、兄弟三人ですが 自身は身勝手で 今 全く社会性は無いです)なので 結婚前から「子供は三人生む」と決め…

子連れバイトと《親孝行》

はたして あれが本当に親孝行になっていたのか如何か今でも分かりません長女が一歳になるかならぬか の頃私は元の職場の人に請われて 赤ちゃん連れで3~4時間のアルバイトに行っていました結婚の遅かった私の姉が他府県に嫁ぎ父が実家で独り暮らしになった時…

親孝行

猿夫は常に「親孝行するべき」と考えていた様です私の実家のテレビが古ぼけているのを見て「もっとカラーの綺麗ないい奴を買ってやれよ。 オヤジさん 可哀そうだよ」と言いました猿夫の月収では 純生活費を賄うだけで精一杯です(非課税世帯でした)私は自分…