ねぇ 猿夫さん、覚えてる?
お義母さんがまだ五十代の頃、アナタは私に言ったわね
「お袋は可哀相なモンだ。今まで畑仕事ばかりして
美味いものを食った試しなく、旅行も行ったことが無い
小遣い渡してやれ。お前のカブも上がるってモンだ」
確かに貧しい農家だったから、そうだったと思う
でも お義母さんは73歳、お風呂で急死するまで
五体満足で何不自由なく動いていたんじゃない?
婦人会バスツアーにも参加していたそうね
今 アナタの妻は 病で視力をやられて
何をするのも不自由を感じているわ
勿論、アナタに美味しいものを奢ってもらった試しもないし
旅行にも連れていってもらった事がないから
お義母さんと同じ
違う処は 多分… お義母さんは料理自慢していたけど
私は料理嫌いになった って事かな?
「おとはんがいつも【お前の料理が一番美味い】と言う」
って 鼻高々だったわよ
片や 私は猿夫さんの「美味くない」を全部記憶にとどめて
今でも料理に嫌悪感を感じるわ
そして 憎しみと共に、今一番許せないのは
そんなお人よしだった自分自身なのよ
猿夫さんは気付いているかしら?
当時は まだ他所と違ってアナタの家は 水道を引いていなかったから…
渓からの湧き水で作る料理は美味しいってこと